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呼吸法で「思考」と「感覚」を切り分ける

私が呼吸法を始めて4年半

毎日続けることが大事なのですが、
実際はやらなかった日も多く、
逆に1日に何度も何種類もの呼吸法をやっていた日もあります。

そんなゆる〜い4年半を振り返り
「あ〜、これって呼吸法の効果だわ」
と思っていることを、何回かに分けて書いていこうと思います。

 

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※この記事は、学術的な解釈などは考慮せず、全て八木橋が感じ、思考してきたことを書いていますこと、あらかじめご了承ください。

 

 

「イライラを手放しやすくなる」というのは
呼吸法を続けることで得られる、比較的手近な効果です。

イライラしているときは呼吸が浅くなりがちです。
呼吸法を続けることは、呼吸を深めるトレーニングにもつながるため、
日常でイライラも発生しにくくなったり、
イライラが発生しても、意識的に呼吸を深められるようになるので、
総合的にイライラを手放しやすくなるのだと言われています。

 

呼吸 = 息 = 自分の心

 

呼吸をコントロールすることで、
自分の心(感情)のコントロールにつながるのです。

 

呼吸と心のつながりは、なんとなくおわかりいただけたかと思いますが、
「思考と感覚」について、少し深めていこうと思います。

先日・・・
朝のオンライン呼吸法後、参加者の皆さんとお話していた時、
「思考と感覚は別物だから・・・」
と無意識に話したことにご意見いただき、よくよく考えてみました。

 

私は、思考と感覚は別物だと考えています。

 

でも、思考と感覚は密接につながっています。

その二つは無意識に強固につながろうとするもので、
意識的に切り分けるために、呼吸法を活用しています。

どういうことなのか・・・?

 

思考で感覚を働かせることはできません。
「感じてください」
と言われて、感覚のスイッチを入れることはできるかもしれませんが、
「感じよう、感じよう」と一生懸命考えても感じられません。

それよりも、
考えることを止めるほうが、自然と感覚のスイッチが入るのです。

 

では、なぜ、思考と感覚を切り分けること必要があるのか・・・

 

思考で感覚をコントロールし続けると、感覚は働かなくなります。
感覚は思考で騙すことができるのです。

これは、うまく使うこともできれば、悪用することもできます。
知らず知らずに騙し(騙され)続けると、精神疾患になることもあります。

 

例えば、
厳しい職場環境に所属していたり、
他者をコントロールする欲求の強い人のそばにい続けると、
だんだん、
「自分がどうしたいのか?」
がわからなくなるタイプの人がいます。

「自分がどうしたいのか?」
というのは、思考からは生まれてきません。

感覚から湧き出てくるものなのに、
思考はそれに蓋をしてしまうのです。

 

もちろん、
そういう環境にいても、
「自分がどうしたいのか?」
を強く持てるタイプの人もいますが、
今の時代では少数派だと思います。

 

 

でもですね、
思考と感覚は、うまくつながることで、すごいパフォーマンスを生むこともできます。

それは、
感覚が思考を司った時なのです。

それが、例えばフローやゾーンといった精神状態だと、私は考えています。

フローやゾーンとは、
深く何かにのめり込んでいる状態と言われています。

 

精神状態の違いによって、
判断力などのパフォーマンスが格段に違うことを
経験したことがある人は多いのではないでしょうか?

厳しい監視下で緊張し萎縮した状態だと、ミスを犯しやすかったり
逆に、
好きなことに没頭している時は、どんどんアイデアが湧いてきたり、行動が加速するようなことです。

 

 

 

というように、思考と感覚は密接につながっています。

でも、どうつながるかが大切で、思考優先よりも感覚優先であるほうが、自然で楽なのです。

しかし、今の時代、無意識に接触する情報量は多く、損得の判断に流されたり、
遅いよりも早い方が重要視され、思考優位にならざるをえない環境です。

 

だからこそ、
1日数分だけでも、思考を止め、感覚を取りもどす時間を持つことで、
感覚が死なずにいてくれるのです。

 

 

なぜ、私がこういった効果を書くかというと・・・

 

私は、20代半ばで摂食障害になり、7年近く心療内科に通った時期がありました。

食べたものが美味しいという感覚がなくなり、
食べても食べても満足感がなく、何を食べようと感じないのです。
だから、とにかく安いものを大量に食べ、食べた量を振り返っては罪悪感で吐く、
そしてまた食べる、というループ繰り返していました。

感覚を失った時期でした。

食べる感覚だけでなく、
嬉しいのか悲しいのかも分からない、
何が欲しくて、何がいらないのかもわからなかったのです。

その後、夫と出会い、心療内科通いからは回復するも、
いつまた感覚がなくなる時が来るのかとハラハラしていました。

 

鬱は完治ということはありません。

その恐怖が原因で、また鬱になることもあるほどです。

でも、だからこそ、私は、
あのころ感じられなかった「感覚」が、今あることがありがたくて、
呼吸法を続けながら「感覚」に感謝しています。

そして、鬱が再発する恐怖を手放すことができました。

とはいえ、またいつ何が襲ってくるかはわかりません。

でも、
未来を思考して恐怖を想像するよりも、
今、感じられる感覚に感謝していたい。

 

 

だから今日も私は呼吸法で
思考と感覚を切り分ける
を続けるのです。

 

 

残念ながら、私は医療従事者でもなく、セラピストでもないので、
精神疾患の方の助けをすることはできません。

唯一、呼吸法をお伝えすることはできますので、
気になった方は、ぜひお問い合わせください。

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