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義妹に

「古いフィルムカメラがあるのだけど、どうしたらいいかなぁ?」

と相談を受けました。

カメラの状態は決して良くはないし、小さい男の子のママである義妹には、何かと負担になるはず。

「私だったら手放すかな〜」と答えましたが後悔しました。

なぜなら・・・フィルムの世界って気持ちいいんだもん
↑答えになってない・・・

 

言ってみればそのカメラは、着物で言ったら「シミがある昭和の着物」で、大正ロマン柄でもなければ、カジュアルな浴衣でもない。

それなのに手もお金もかかるし、持ち歩けば肩もこる。

そんなことしなくても、今ならデジタルで撮ってフィルムっぽく加工も出来る。

 

でも、デジタルとフィルムでは被写体の選び方もなぜだか変わるし、シャッターを切るまでの時間も違う。

シャッター音を聞いて知らない人が微笑む笑顔まで違うかのように思える。

現像した写真を見ながら「これはこう撮ればよかった」って反省して改善点を探すよりも、ナマモノがいい具合に発酵しているのを楽しむ感覚すら起こってくる。

 

 

デジタルとアナログの違いなだけであって、優劣を言いたいわけではない。

ただただ、私はフィルムが好きだと再認識したってことです。

ってことで最近、フィルムカメラを持ち歩くことが増えています。

 

 

15年前に浅草のカメラ屋さんでPENTAX ME superを買い、性格の雑さゆえに年に1回は壊してオーバーホールし、祖父のMinolta SR101を形見分けしてもらったけど、年に1回くらいしか出さずにいたのに、デジタル一眼レフを手にしてからはフィルムカメラはの出番はなくなっていました。

ですが、昨年NikonF3を知人から譲り受け、そのレンズだけデジタル一眼レフにつけてみたら、これがまたまた面白い。

その延長で(って逆な気がしますが)、とっくに使用期限の過ぎたフィルムでF3で撮ってみたら、これまたまたまた楽しい。

 

教えられるレベルではないけど、あったかくなったら、フィルムカメラで撮り歩くワークショップとかやってみようかな?

 

今日のお昼、マンションの前の交差点に白い紙がたくさんばらまかれていたんです。

 

その交差点をわたしを含めたくさんの大人が往来するも、「誰がやったんだろねー」と知らぬ顔(わたしもその一人ね)
そしたら、娘たちが「拾いに行きたい!」と言うので、急いで交差点に拾いに行きました。

 

そんな私たちの行動を見て、自転車で通りかかった方はわざわざ自転車を止めて、駅の方に行きかけた人もわざわざ戻って来て、車が行き交う中でたくさんの方が一緒に拾ってくださいました。

ゴミ袋を持ったわたしのところ、たくさんの方が集めてくださったので、自然と「ありがとうございます!」ってお互いにみんな笑顔になる。

おかげで調子に乗って、歩道の空き缶やゴミもたくさん拾って帰りました。

 

みなさん、ありがとー!娘たちよ、ありがとー!

 

最後に…撒かれていた紙は、大学の試験問題のコピーやら勉強したあとのペーパーたち。落としたことに気づかないような量ではなかったので、なんか嫌なことあったのかな?と心配になりました。

「呼吸法の講師をしています」と話すと、半分以上の方からこんな告白が返ってきます。

「私、呼吸が浅いんです」って。

 

そのほとんどは、整体師さんやセラピストさんに指摘されて、それ以来、呼吸が浅いことを気にしはじめたそうなんです。

私はその告白を受けて、いろいろお話をお聞きするだけにしているのですが、本音を一つここに書いておきます。

「あなたは呼吸が浅いから、深い呼吸を心がけたほうがいいですよ」という忠告は、一切聞かなくていいです。

呼吸がずっと深い人はほぼいません。

どこで、誰と、どんなことをしているか、で呼吸は変わるので、
どんなに肝っ玉の据わった呼吸の深い方でも、呼吸が浅くなる時はあります。

なんなら、「呼吸が浅い」と指摘を受けた人も、普段は呼吸が深いのに、指摘を受けた環境だと呼吸が浅くなっていた可能性だって十分にあるんです。

もちろん、そのときの呼吸だけでなく、「呼吸が浅い」と判断できる要素はたくさんあります。

声の高さ、話すスピード、視線、姿勢、言葉のくせ、思考のくせ・・・

そういう要素で考えると、呼吸法を5年続けている私も、めっちゃくちゃ呼吸が浅いです。

 

でもね、ぶっちゃけ、呼吸は浅くてもいいんですよ。

それで、心や体の不調がなかったり、不調があっても困っていなかったり、幸せを感じられているなら。

もっというならば、そのままで良かったはずなのに、「呼吸が浅い」と指摘されたことで、普段気にしなかったことを心配しすぎて、逆に呼吸が浅い体質になっていることだってあるんです。

 

呼吸法の対面セッッションのご依頼やお問い合わせが増えています。

気になる方は、ぜひ一回会いに来てください♪

呼吸法 個人セッション

たまにビックリされるのですが、私のiPhoneの容量は16Gです。

容量が足りなくなるどころか、iCloudとかにバックアップもしません。

 

だって・・・
私がそれ以上の容量のデータを持っていることを、把握できなくなっちゃうんですもん。

「いやいや、あなたの代わりに覚えてくれるための容量でしょ!」
って思うかもしれないのですが、私の価値観では逆なのです。

仕事でビッグデータと呼ばれる膨大なデータを日々扱うのですが、
データがあるから大丈夫
ではなく、
データがあっても扱うセンスがあってなんぼ
なわけです。

 

↓こんな本もありましたね↓

 

子供も小さいので、写真や動画もたくさん撮ります。
フォトグラファーなので、一眼レフの写真データを取り込んだりします。
画像レタッチのアプリを試したりもします。

でも、早々に「必要なもの」だけを残して捨てます。

 

スマホで撮った写真や動画は、写りを確認して1シーンで1〜2枚だけ残して、残りは削除。
一眼レフのデータは、SNSや友人に送ってからは即削除。元データはパソコンとバックアップディスクに保管。
アプリは使い勝手がビンゴだったもののみ残し、そのついでに、最近使っていないアプリも削除。

もしもの時のバックアップは、iTunesでもiCloudでもしない。
連絡先はGoogleでバックアップできているので、問題なし。

それよりも、どれが最新で、どこにあるものがどこにないのか・・・とか考え始めたら私の頭がパンクするので、しません!

 

ついでに、
「残容量が少なくなりました」という警告が出ることもあるのですが、
その時は断捨離のいい機会だと、バサバサデータを消します。

 

というか、
そもそもスマホがなくなって困るものはないのです。

 

余談ですが、壁紙は自分の歯のレントゲン写真(笑)

 

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