コンテンツへスキップ

呼吸法をしている間は、目をあけています。

坐禅では、
目は半眼、視線は半畳先の畳を見る。
とご指導いただきます。

私も呼吸法では、それに近いことをお伝えしています。

目をあける理由は、私の解釈では、

  • 見えているけど、視ない
  • 視覚でアンカーと打つ

という二つの理由があります。

その理由を簡単に説明します。

 

「見えているけど、視ない」

「見えているけど、視ない」というのは、
目の機能として見ることはできるけれど、その視覚情報に思考を働かせて、視る(知覚し、認識する)にはしない、ということです。

 

呼吸法には、「絶え間なく働き続ける思考活動を止める」という目的もあります。

漠然とした不安や、拭いきれない後悔を考え続けてしまったり、頭の中で独り言が鳴り続いていることって、よくあるのことです。

それを、呼吸法をしているヒトトキだけでも停止し、脳に溜まったノイズをクリアするのです。

 

目を開けていると、見えるものに気を取られてしまう・・・というのは、視てしまっているからなんですよね。
なので、呼吸法をしているときは「見えているけど、視ない」なんです。

 

「視覚でアンカーを打つ」

目を閉じたくなってしまうときは、どうしたらいいですか?と質問されることが、とっても多いです。というか、9割近い方は、最初にそこで躓きます。その時は私は、「閉じちゃいましょ♪」とお答えしています。

やってみるとわかると思うのですが、
目をあけていれば、見えている場面は目の前にある一つだけです。でも、目を閉じると、心の中に仕舞われている何億、何兆もの場面(イメージ)が浮かび上がってくるんです。

視覚やイメージの世界って、引っ張る力がとっても強くて、思考も一緒に連れて行ってしまいます。
もちろん、目を閉じても「今ここ」以外の場面(イメージ)が浮かばないようでしたら、そうしたらいいと思っています。でも、多くの方は、目を開けたほうが場面が少ない。なので、今見えている「今ここ」にとどまるために、視覚でアンカーを打つのです。

 

眠くなって目を閉じてしまう

もう一つ、「眠くなっちゃうんですが、どうしたらいいですか?」とよ〜くご質問をいただきます。

呼吸法では目をあけるのは「眠くならないようにするため」と指導なさる方もいらっしゃいましたが、目を開けていても眠くなる時は眠くなるんですよね(笑)。

実際、眠くなってしまう理由は、その方それぞれの状況や体調、思考によって異なるので、個人セッションできっちりお話をお伺いしてお答えするようにしています。

が、よくある理由には、

  • 実際に、疲れている、睡眠不足
  • 呼吸よりも体に意識を向きすぎて、体が休んでしまう
  • 呼吸に集中できていない
  • リラックス=眠くなるという自己催眠にかかっている

といったものがあります。

呼吸法中に眠くなってしまうことは、決していけないことではないです。
それどころか、呼吸が「休んでください」と教えてくれているのであれば、休んだらいいと思っています。

ですが、ちゃんと呼吸法ができるようになっていくと、眠くなるどころか頑張らなくてもハツラツとした覚醒状態になるのです。

 

でね・・・大事なことに気づいて欲しい。

呼吸法の時間だけがスペシャルなのではなく、
呼吸法を続けることで、感じて、気づいて、日常が変わっていく。
そして、日常の一つの習慣としての呼吸法が、どんどん心地よくなっていく。
その循環が生まれていくから、呼吸法で得られるものが出てくるんです。

そうすると、自然と眠くなくなっていくんじゃないかなと思います。

 

呼吸法と瞑想は違うもの?

さて、最後に一つ書いておきます。

私は、瞑想への敬意を込めて、呼吸法と瞑想は違うと考えています。
ですが、呼吸法と瞑想は、とっても似ています。

いずれも呼吸というツールを使い、感覚的な世界や精神世界に誘導していくし、
「今ここ」にフォーカスするという意味では、目的もとても似ています。

でも、瞑想の多くは目を閉じて行います。
目を閉じることで、深い深い世界を感じることにもなっていくのだと思います。

呼吸法ととっても似ているけれど、本や人の話を聞いていると、やっぱり別物。
瞑想の世界も、本当に面白い。

そう分かった上で、私は呼吸法をお伝えしています。

 

Translate »